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裁判所の許可によって消えてしまった珍姓稀姓【コラム】

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名字は、特殊な事情がある場合に限って変更することができます。たとえば、珍奇・難解・難読であったり、特定の職業を思わせる珍しい名字などは家庭裁判所の判断を仰ぐことで改姓を許可されることがあります。弁護士法人みずほ中央法律事務所のホームぺージに氏(苗字)の変更事例が出ているので、紹介したいと思います。

①大楢(おおなら)⇒オナラを連想・羞恥
②穴倉(あなぐら)⇒女性器を連想・羞恥
③仁後(にご)⇒二号を連想・羞恥
④星野黒⇒氏名の区分不明瞭
⑤肴屋(さかなや)⇒『肴屋』が本当に鮮魚販売
⑥大工(だいく)⇒職業との誤解・珍奇

大楢

まず「大楢」についてですが、裁判所は「口に出して発音すると放屁の俗語である『オナラ』に通じる」「『オナラ』と混同され易い」「滑稽かつ珍奇である」との理由から変更を許可しました。(岐阜家裁高山支部昭和42年8月7日)

「大楢」姓
 【全国順位】 34,245位
 【全国人数】 およそ80人
  出典:名字由来net

名字由来netにも「おおなら」との読み方が記載されており、存在はしているようです。裁判事例は、なんという名字に変えたかは不明です。

穴倉

北海道であった「穴倉」(あなぐら)姓の変更事例ですが、これは北海道だから変更が許可されたと思われます。裁判所によれば、「北海道においては、女性の性器を『アナグラ』又は『マタグラ』と呼称する」そのこと。よって「申立人は、自己紹介のため『穴倉』と呼称するのに甚だしく羞恥心と慊悪の念を抱いた」「長年月間にわたり社会生活上少なからぬ支障を来していた」と判断し、改姓を受け入れたわけです。(札幌高裁昭和36年6月12日)

穴倉」姓
 【全国順位】 15,973位
 【全国人数】 およそ330人
  出典:名字由来net

名字由来netには「あなくら」と濁らない音の読み方だけ出ていました。「あなぐら」と読む姓は消滅してしまったのでしょうか?

仁後

意外に感じたのは「仁後」姓の改姓許可について。裁判所は「『二号』すなわち妾を連想させる」「家族は,他人から『にごーさん』と呼ばれるごとに、好奇の目で見られた」「家族は小学校時代友達から『にごのじゅう』とからかわれた(掛け算九九)」「恥ずかしい思いを経験してきている」「日常生活において不便であり支障を生じている」との理由を認め、変更を許可しました。(福岡高裁昭和34年7月4日)

しかしながら、「二号」そのものの表記であればまだしも、「仁後」という字面から「二号」というのは、今一つピントこない感じがします。まぁ裁判所が認めたのですからここでとやかく言ってもしかたないのでしょうけど…。昭和34年という時代背景もあるのかもしれません。今の時代、「二号」という言葉が死後になりつつありますからね。

「仁後」姓
 【全国順位】 13,727位
 【全国人数】 およそ430人
  出典:名字由来net

名字由来net、日本姓氏語源辞典ともに、「にご」「じんご」との読み方が出ていますが、日本姓氏大辞典にはこの2つに加えて「にんご」という読み方も出ています。いずれにせよ、裁判で1軒の「にご」さんは消えてしまったわけです。

星野黒

私の高校時代、志多伯進(したはく・すすむ)君というクラスメートがいたのですが、最初のころは、名字が「志多」で、名前が「伯進」と思い、多くの友達が「した・はくしん」と呼んでいました。「星野黒」という名字も同じような事例といえるでしょう。裁判所は「初対面の者は『星野』が氏で『黒◯◯』が名(名前)だと誤解することが多い」「逐一説明を要するのが実情であった」という理由を認め、「『星野』に変更すれば誤解が生じなくなる」として「星野」姓への変更を許可しました。(旭川家裁昭和48年12月12日)

「星野黒」姓
 【全国順位】 47,113位
 【全国人数】 およそ40人
 出典:名字由来net 

名字由来netによると、「ほしのくろ」「ほしのぐろ」の2通りの読み方があるようです。日本姓氏語源辞典では、その由来について、「富山県、北海道。富山県魚津市黒沢発祥。江戸時代に記録のある地名。同地では岐阜県の出の星野姓だった武士が帰農して黒沢の『黒』を追加したと伝える。推定では戦国時代」とあります。

たしかに、普通は「ほしの」が名字だと思ってしまいます。しかしながら、しっかりとした由緒ある名字なだけに、改姓してしまうのはもったいない気がします。

肴屋

肴屋(さかなや)という名字自体が極めて珍しいのですが、申し立て人は当時、魚類を扱う「市場」に勤めており、自身の名字を「肴屋」と名乗っても大抵の人は信用してくれないで困っていたそうです。また小学生の長男が学校や塾で友達にからかわれ、泣いて帰ってくることもあったほか、スイミングクラブや塾でマイクなどで名前を呼ばれる機会があり、笑いの対象になるなど苦痛を感じて毎日を送っていたそうです。

このため、奥さんの旧姓だった「飯田」への変更を一家が希望していたのを受け、裁判所は改姓を認めたそうです。(長崎家裁昭和61年7月17日)

肴屋」姓
 【全国順位】 62,661位
 【全国人数】 およそ20人
  出典:名字由来net

日本姓氏語源辞典によると、「長崎県・福井県、福岡県。職業。肴屋の屋号から。推定では江戸時代の屋号による明治新姓。長崎県北松浦郡小値賀町笛吹郷、福井県あわら市二面に分布あり」とのことでした。

大工

大工という姓も、非常にメジャーな職業(サービス)であり、裁判所は、間違えられる不都合が多いと判断し、変更を許可したそうです。(那覇家裁昭和50年9月13日)

大工」姓 
 【全国順位】 6,858位
 【全国人数】 およそ1,300人
  出典:名字由来net

名字ランキングは6858位なので、決して少なくない名字なのですが、「だいく」のほかに、「だいこう」「おおく」「おおえ」「おおたくみ」「おおくみ」「たくみ」といった多くの読み方が存在するようです。

以上、改姓が許可された例を紹介してみました。

名字は確かにイジられることもあり、「肴屋」さんの例のように笑いの対象にされ、子供時代は苦痛を感じるケースもあることでしょう。ちなみに私も小学生の頃は名字の宇佐美(うさみ)にひっかけて、冬になると「う~さみ(寒)ぃ」とほぼ必ずといっていいほどイジられていました。まぁ、この程度のイジりだとイジメにまで発展することもないし、改姓を申請したところでおそらく認められることはないでしょうね。もっとも、私は由緒ある誇らしい名字だと思っているので、さらさら変える気などありませんが…。

それにしても上記に挙げたのはほんの一例。ここに挙げていない名字の中には裁判を通じて存在そのものがなくなったものもたくさんあることでしょう。昭和35年ごろの「調停時報」に「家庭裁判所に現れた珍氏・奇氏」というタイトルで、改姓を申請した珍しい名字の一覧が出ていたのですが、その中には、「釈迦牟尼仏」(にくろうべ・みくるべ)といった現存していないであろう五文字姓もありました。少なくとも申請した時点では存在していたわけですから、裁判所の許可によって消滅してしまった貴重な姓もたくさんあるはず。自分の名字によって苦痛を受けたがためにやむを得ず変えたという事情は理解するところですが、歴史的な財産ともいえる稀姓が消えてしまうのは非常に残念でもあります。

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