MENU

二之湯

  • URLをコピーしました!

2月4日投開票の京都市長選に立候補を予定しているのが元自民党府議の二之湯真士(にのゆ・しんじ)さんという珍しい名字の方です。1月12日にはポスターが放火されニュースにもなっていました。

【全国順位】 16,919位
【全国人数】 およそ300人
 出典:名字由来net

名字由来netによると、「現三重県である伊勢起源とも言われる。近年、三重県に多く特に員弁郡員弁町宇野に集中してみられる」。日本姓氏語源辞典では、「三重県いなべ市、愛知県。推定では二番目の湯から。三重県いなべ市員弁町宇野が本拠」とあります。

二之湯さんは京都の出身。父の二之湯智氏も自民党の参議院議員だった政治家なのですが、ありがたいことに月刊自由民主の平成18年8月号に名字に関する随筆を寄せており、「三重県の私の田舎は二之湯姓ばかり」と書いてありました。

私たち一家が引っ越してきた昭和三十年代前半、京都市内には二之湯姓は私の一家しかなく、郵便物も「京都市・二之湯」だけでも届いていた。それほど「二之湯」は珍しい名前であった。さすがに現在では、人の移動範囲が広くなったので、愛知県・岐阜県・茨城県、遠くは岩手県にも二之湯姓が見られる。それでも全国で七十七世帯しかない。電話で問い合わせたところ、その方達のルーツは、いずれも三重県いなべ市員弁町宇野であった

やはりルーツは三重県いなべ市員弁町宇野で間違いないようです。そして由来についても記されており、非常に興味深いものです。

今から十数年前、田舎で親類の法事があり、その席上で古老が「江戸の末期、このあたりに二番目のため池ができた。そのため池にちなんで二之湯としたらしい」と解説してくれた。「湯」という字は地名に用いられると川・泉など水の意味も表すという文献もあり、なる程と思っていた。それ以降、私は古老の話を二之湯姓の由来と信じ、名前についてたずねられると、いつもその話をしていた。

実際、三重に行き、いろいろと名字の由来を調査したそうです。すると、「二番目のため池」説は実際は違ったようですが、江戸末期どころか、江戸時代初期からある由緒正しき名字であることが判明したそうです。

近所の薬師堂に行くと、縁側に年季の入った鐘が下がっているのを見つけた。その鐘をよくよくみると江戸時代、二之湯姓の人が寄進したことが刻印されてあった。さらに数日かけ、あちこち廻ってみると、村の氏神で元和九(一六二三)年に建立された棟札に、また「二之湯姓」を見つけた。これによって、二之湯という名前が百姓町人に名前が許された明治以降ではなく、江戸時代初期からあることが判明した。さらに、信長の丹後平定(一五七八~九年)の古文書に「二之湯姓」が出てくると聞き、舞鶴の関係者に調べてもらっているが、現時点では見つかっていない。また、有楽町の歴史好きな寿司屋の主人が、自分の読んだ徳川家康に関する本の中に、たしかに二之湯という名前が出てきたと教えてくれた。

この記事が気に入ったら
いいねしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!